足りないのは1つだけ。どの駒がどう動くのかが、軍儀では最後まで出てきません。
盤の広さも駒の積み方も棋譜も描かれているのに、そこだけがない。読者に盤面を判定させないための欠落。そう考えて場面を追いました。
※キメラアント編の展開に触れます。
軍儀のルールで分かっていること
本編で描かれている範囲は、けっこう広い。盤は9×9。駒は自陣の中なら好きな場所に置けて、3枚まで積み上げられる。盤の脇には手駒があり、そこから盤上へ打つ手もあります。
棋譜も出てくる。一手は3つの数字と駒の名前で書かれ、3つ目の数字が積み上げた高さにあたります。陣形にも名前があり、メルエムはコムギの初手を「古典的な高矢倉」と評していました。
これだけ揃えば、読者は実在のゲームのように受け取ります。将棋を思わせる盤に、駒を積む要素を足した形。それらしさは、十分に用意されている。
それでも軍儀の盤面は読めない
足りないものが1つだけある。駒の動き方です。
どの駒が何マス進めるのか、どう取るのか。本編を最後まで読んでも分かりません。2022年に商品化されたときも、駒の動きは作中の描写から解釈して決められたもの。開発元は、作中にないルールも一部加えたと説明している。
つまり、駒の動きについて原作の正解が示された場面は一度もない。それらしさだけ本物で、判定に必要な情報だけがない。盤面を見ても、どちらが勝っているのか読者には分かりません。
軍儀の強さは、盤の外で伝えられている
読めないはずの対局で、読者は何度も強弱を受け取っている。伝えているのは盤面ではありませんでした。
コムギの強さは、周囲の反応と賭けたもので示される。軍儀の世界チャンピオンで、5連覇中の盲目の少女。負けたら舌を噛み切って死ぬという誓いを立てて指しています(→ コムギはメルエムと何が違ったか)。
メルエムの強さは、他の競技での結果で示される。チェスも将棋も囲碁も、王者を次々に打ち負かしてきた(→ メルエムはなぜ最強で生まれた?)。
ここが大事なところ。実在のゲームでの対局は、勝敗だけが語られて盤面が描かれない。盤面を見せられているのは、読者が読めない軍儀のほうだけです。
そして軍儀では、メルエムは最後まで一度も勝てない。読者は盤面ではなく、負けた側の反応でその意味を知る。
軍儀を実在のゲームに置き換えると崩れる
軍儀のところに将棋を置いてみる。とたんに、この対局は成立しなくなります。
将棋なら、読者の一部は指せる。指せない人でも、駒の動きや「王手」の意味までは知っていることが多い。プロの対局を扱った作品が成立するのは、その共有された知識があるからだ。
ところが、それは同時に検証されるということでもある。メルエムが強いかどうかを、読者が自分で判定できてしまう。弱い手を指せば「弱い」と読まれるし、強い手を指しても凡手に見えれば説得力が落ちる。
囲碁でも同じです。石の置き方を知る読者が一定数いる以上、盤面は読者に開かれてしまう。
読者に判定させない。冨樫が守りたかったのは、この状態だったと考えています。
3枚まで積める盤が、コムギの到達点を成立させる
仮説に反しそうな材料が1つある。棋譜や陣形名まで見せているのは、むしろ判定してほしいからではないか。
ここで意味を持つのが、駒を積めるという設定です。将棋の駒は1マスに1つ、囲碁の石は1つの交点に1つ。どちらも平らに並びます。軍儀は縦に3枚まで積めるので、将棋と同じ81マスの盤でも取りうる形が桁違いに増える。
だから読者は、まだ試されていない手が残っていると受け取れる。その余地があるから、次の場面が成立します。
メルエムが対局の中で独自の手にたどり着き、自分で名前を付ける。ところがその手は、コムギが10年ほど前にすでに見つけていたものでした。
天才が新手を作れる余地を用意したうえで、そこに先に人間が到達していた。そう読める。それらしさを与える情報は、判定のためではなく、この一手を成立させるために積まれているように見えます。
読者が置かれる位置は、メルエムの側ではない
もう1つ、この作りが生んだものがある。読者の立ち位置です。
盤面が読めないので、読者は対局を外から眺めるしかない。メルエムと一緒に考えることができない。
その代わり、読者はメルエムを観察する側に回る。何を考え、どう変わっていくのか。盤面が閉じているぶん、視線は人物のほうへ向かいます。
ネテロとの戦いが終わったあと、話を動かすのはメルエムとコムギの2人。この置き方の延長にある(→ キメラアント編の勝因は作戦にある)。読者はもう、討伐隊の側から見ていません。
駒の動きを説明しなかったことが、最終的に読者の視点まで動かしている。設計としては、かなり深いところまで及んでいます。
まとめ|軍儀が架空のゲームである理由
- 盤の広さも駒の積み方も棋譜も描かれていて、実在のゲームらしい作りになっている
- 足りないのは駒の動き方だけで、そこがないと読者は盤面を判定できない
- 強さは盤の外で伝えられる。実在のゲームでの対局は、勝敗だけで盤面が描かれない
- 3枚まで積める盤が、まだ試されていない手が残っていると読者に受け取らせる
- 盤面が閉じているぶん、読者の視線は盤ではなく2人の人物へ向かう
ルールを教えないことは不親切ではなく、この対局の作りそのものだった。
関連記事:
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- キメラアント編の勝因は作戦にある — 盤の外で進んでいたこと
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