ナスビー=ホイコーロが残そうとしているのは、国そのものだ。子ども14人も、船に乗せた20万人も、その材料として数えられている。
そう考えないと、この王の言葉は前後でちぐはぐになります。ハルケンブルグに問い詰められたときは、残すべきは国民の命だと答えている。その一方で、同じ船を贄積む箱舟と呼ぶ。
悪意だけの暴君として説明しようとすると、この2つは食い違ったままだ。冨樫はこの父親を、継承戦を「悪い王のせいで起きた出来事」にしないために置いたのではないか。
※王位継承戦編・暗黒大陸編の展開に触れます。扱うのは単行本既刊分(〜39巻)まで。
ナスビー=ホイコーロが継承戦に用意したもの
カキン帝国の現国王がナスビー=ホイコーロだ。王妃は8人、子どもは14人います。
この14人を全員ブラックホエール号に乗せ、船の中で王位継承戦を行わせた。壺中卵の儀という念の儀式が使われ、王子には守護霊獣(念獣)が付く。儀式の中身は 2人セゾンと秘密の扉 で詳しく追った。戦い方の決まりは 王位継承戦で王子は自分では戦えない にまとめています。
王子にとって王族殺しは極刑だ。だから自分の手は下せず、動くのは守護霊獣と護衛になります。
母の序列によって狙える相手が変わる。これも開始前から決まっている条件です(王位継承戦の14王子は母の序列で読む)。
王が細かく決めたのは入り口だけだ。誰が乗るか、どこで、いつ始まるか。勝ち方の中身には手を出していません。
ホイコーロは同じ船を20万の贄積む箱舟と呼んでいる
ブラックホエール号は王家の私物ではなく、一般の渡航者を含めて20万人規模が乗る移民船です。船内が5階層に分かれている点は ブラックホエール号の内部は5階層 が詳しい。
この船をホイコーロは、20万の贄積む箱舟と呼んでいる。乗客のための船だとは言っていない。
船内労働や実験体、臓器提供。下の層の渡航者は、こうした形で国に搾取されると記されています。
乗せた時点で使い道が決まっている扱いだ。
乗客に示された行き先も、暗黒大陸そのものではありません。手前の「新大陸」までだ。V5が禁じた渡航を、カキンは国として通り抜けている。その経緯は 暗黒大陸の渡航禁止が足止めするのは個人だけ。
王子が船の中で減っていくあいだ、下の層の渡航者も別の形で減らされていく。扱いの重さは違っても、材料として数えられている点は同じです。
ホイコーロの答えと「贄積む箱舟」は同じ王から出ている
第9王子ハルケンブルグは、この継承戦のやり方に納得していない。だから父に直接問いかけた。
この問答ではトロッコ問題が使われた。王の答えは、残すべきは国であり国民の命に決まっている、というものです。
子どもの命と国民の命のどちらを取るか問われて、王は国民の側を答えた。ここだけを見れば、国民を守る王に映ります。
ところが同じ王が、その国民を贄と数えていた。矛盾しているようで、実は一貫している。王が残すと言っている「国民」は、いま船に乗っている20万人のことではないからだ。
残すのは国という枠です。国が続けば国民という存在も続く。いま乗っている個人が減っても、その計算は崩れない。
カキン国王が受け継いだのは、仕組みのほうだった
制度が代々のものである点は原作から分かります。ホイコーロは仕組みを引き継いだ側で、作った側ではない。
V5の不可侵条約についても、王は否定的だ。衰退した過去の大国が広めた迷信に縛られるのはナンセンス、という趣旨を述べています。
王は既存の枠に従うより、国を先へ進める道を選んだ形になる。渡った先には、五大厄災のように国ごと滅びかねない危険があります(危険度の実態は 暗黒大陸の五大厄災は“恵み”が罠)。
その危険を承知で国ごと動かしている。個人の野心というより、国を次の場所へ移す事業として組まれているように見えます。
冨樫がこの父親に持たせた役割
俺は、ホイコーロが「倒せば終わる相手」にならないよう置かれた人物だと考えています。
悪意だけで殺し合いを始めた王なら、その王を止めれば話は終わる。ハルケンブルグが父に問いかけたのも、そこに期待があったからでしょう。
だが返ってきたのは、国を残すという答えだった。私怨でも快楽でもない以上、言葉で説き伏せるのは難しくなります。
決めごとの置き方も同じ向きだ。王は入り口だけを決めて、勝ち方は決めなかった。誰を憎めばいいのかが、王子の側から見えにくくなっています。
継承戦を暗黒大陸行きと同じ船で進めている点も、ここに重なる。国の事業を止めずに次の王を決め切る。どちらか一方を待たせない形だ。
王子たちが向き合う相手は、父親その人ではなく、父親が引き受けた仕組みだ。だからこの継承戦は、誰かを説き伏せても止まらないところに置かれていると読めます。
まとめ|ホイコーロが差し出したものと残そうとしているもの
- ハルケンブルグに問われたホイコーロは、残すべきは国であり国民の命だと答えている
- 一方で同じ船を20万の贄積む箱舟と呼び、下の層の渡航者は国に搾取される側として書かれている
- 王が残すと言う「国民」は、いま船に乗っている20万人ではなく、国が続くかぎり続く存在
- 王が決めたのは入り口だけで、勝ち方は決めていない。憎む相手が王子の側から見えにくくなっている
- 王子たちが向き合っているのは父親が引き受けた仕組みで、説き伏せても継承戦は止まらない
悪意だけの王として説明すると、国民の命を持ち出した場面の理由が分からなくなる。国を残す側の王として見ると、14人の扱いと船の使い方が同じ理屈で説明できる。
冨樫がこの位置に父親を置いた意味も、そこにありそうだ。倒せば終わる相手を用意しなかったから、継承戦は船が進むかぎり続いていきます。
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