念を知らない相手に念は効くのか|分かれ目は知識ではなく感覚

天空闘技場の200階クラスへ上がろうとしたゴンとキルアは、受付の前で足を止めます。ヒソカが放ったオーラに押されて、前へ進めなくなった。

ところが同じ場所にいた案内係の女性は、動じるそぶりもなく説明を続けています。そして、このときのゴンとキルアも念を知らない。効き目を分けたのは知識ではなかった。

※天空闘技場編・ヨークシン編と、キメラアント編の一部に触れます。

念を知らない一般人に効かず、念を知らない2人に効いた

このときのゴンとキルアは、纏も絶も習っていない。ハンター試験を抜けた腕はあっても、念そのものは未習得です。

それでもヒソカのオーラは2人に届き、体が動かなくなるほど効いた。一方、業務として立っていた案内係は、登録の期限を淡々と説明し続けている。

念から遠い順に並べると、いちばん遠い人がいちばん平気だった。知らないほど無防備で、まともに食らう。そう考えたくなるところです。

実際は逆になっている。しかも3人とも念を知らないので、知識の差では説明が付きません。

変わったのは受け手の側だけ

この場面には続きがある。2人はいったん引き下がり、ウイングのもとで念を教わった。そのうえで同じ受付へ戻り、今度はヒソカの前を通って登録を済ませています(→ ウイングが最初に教えたのは纏)。

2人がヒソカを倒したわけではない。変わったのは受け手の側の状態だけ。纏はもともと、相手の念から身を守る技術です。

同じ圧に対して、受ける側が変われば結果も変わる。オーラの圧は、相手の感じ取る力に働きかける形で効いているのだろう。

200階から上が念能力者の場になっている作り

天空闘技場のルールも、同じところで切れているように見える。

200階より下は武器を使わず、己の肉体だけで戦う場。上は武器も認められ、実質的に念能力者の場になる。しかも上がった者はオーラの攻撃を受け、怪我と引き換えに念へ目覚めることがある。ギドは両脚、サダソは左腕を失っています。

施設が念を教えているわけではありません。オーラを受けさせることで、勝手に開かせている。知らないまま上がってきた者が、痛みと一緒に引き上げられる作りです。

念には、届く相手が違う2つの層がある

受付の1場面だけでは足りないので、ほかの場面と突き合わせます。並べていくと、念は2つの層に分かれているように見えてきた。

1つは、オーラを相手に感じさせること自体が効果になっている層。威圧、殺気、円で気配をつかむ類い。これは受け手に感じ取る力がなければ届きません。

もう1つは、結果が物や体に現れる層。殴られれば骨は折れるし、具現化された物は形を持つ。こちらは相手が念を知っているかどうかと関係なく届く。

2層に分けると、噛み合わなかった場面がそろう。

ヨークシンで幻影旅団はオークション会場を襲った。マフィアの集まりも同じ。念を知らない者たちが、まとめて倒れている。相手が理解していなくても、壊れるものは壊れる。

一方で、ヒソカの圧が案内係を素通りしたのは1層目の話です。

反例に見えるイルミの針も、2層目に収まる

この見方に合わないように見える例があります。イルミがキルアに刺した針です。

いつ刺されたかは作中で明示されていませんが、少なくともハンター試験の頃には効いている。当時のキルアは念を知らず、気づいてもいなかった。それでも針は長いあいだ効き続けました(→ キルアはイルミの針が抜けても逃げる)。

ただ、これは1層目の話ではない。針は実際に頭へ刺さっている。物として体に届いているので、2層目に収まります。相手が感じ取れるかどうかは関係がない。

具現化系が例外に見えるのも同じ理屈。作り出した物は念を知らない人にも見え、触れられる。原作で言い切られてはいませんが、系統の特徴としてそう整理されています。オーラを物のほうへ移す系統だから、感じ取る力が要らなくなる(→ 具現化系の念能力は使う前に決まる)。

もっとも、この切り分けは受付の場面から組み立てた読み方です。ヒソカが2人にだけ狙いを定めていた、という説明も成り立つ。戻ってきた2人を、ヒソカが単に通してくれただけ、とも考えられます。

念が効く条件は、知識ではなく感覚ではないか

念が効くかどうかを分けているのは、相手が念を知っているかではない。オーラを感じ取れるかどうかのほうだと俺は読んでいます。

ゴンとキルアは未習得でも反応した。案内係は反応しなかった。3人の違いは念の知識ではなく、気配を読む鍛え方の差だったのではないか。試験を抜けてきた2人と、受付に立つ人とでは、そこが違います。

この違いは小さく見えて、物語の作りを左右しています。もし念を知らない相手に効かないなら、一般の人は念能力者に対して安全ということになる。ヨークシンの惨劇は起きません。

逆に知らない相手ほどよく効くなら、念を覚えることが弱くなる行為になってしまう。

冨樫はどちらも取らなかった——そう読めます。感覚が届く者どうしの間にだけ通じる層を置き、それ以外は普通の暴力として届くようにした。だとすれば、念を覚えるのは強くなることではなく、戦いの中に入ることです。

ゴンとキルアが受付で止められたのは、才能の証明でもあった。何も感じない人は、そもそもその戦いの外にいる。

まとめ|念を知らない相手にも効くが、効き方が違う

  • 200階クラスの受付で動けなくなったのはゴンとキルアで、隣の案内係は動じていない
  • 3人とも念を知らないので、分かれ目は知識ではない
  • 纏を覚えたあと、2人は同じ圧を通り抜けている。変わったのは受け手の側の状態
  • 念には、感じ取れる者にしか届かない層と、物として誰にでも届く層があるように見える
  • イルミの針や具現化物は2層目に収まるので、反例にはならない

念を知らない人が安全なのではありません。その戦いに、はじめから入っていないだけです。

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