キメラアント編で泣けると挙がるのは、メルエムとコムギの最期と、レイナが母親のもとへ帰る場面。どちらも蟻の側の場面です。カイト、ポックル、ネテロのような人間の死で泣いたと書いた感想は、ページを10件開いて1件だけでした。
※キメラアント編の結末までの内容に触れます。扱うのは単行本既刊分(〜39巻)まで。
キメラアント編で泣けると挙がる場面は、蟻の側に集まる
| 場面 | 誰かが死ぬか | どちらの側か | 挙げたページ |
|---|---|---|---|
| メルエムとコムギの最期 | 死ぬ | 蟻 | 9 |
| レイナの帰郷 | 死なない | 蟻 | 6 |
| メルエムとウェルフィンのやりとり | 死なない | 蟻 | 2 |
| キルアが泣く場面 | 死なない | 人間 | 2 |
| ゴンとキルアの友情・ゴンの怒り | 死なない | 人間 | 1 |
| 人間が死ぬ場面 | 死ぬ | 人間 | 1 |
数は、泣く・涙・感動と書いた書き込みのあるページの数。蟻になった元人間(レイナ)は蟻の側に入れています。人間の死は、カイト・ポックル・ネテロのように死そのものが中心の場面に限りました。
泣ける場面と聞くと、誰かが死ぬ場面を思い浮かべやすい。実際、いちばん多いのは王の死です。ただ、2番目以降に並ぶのは誰も死なない場面ばかり。人間の死は最下段にとどまります。
泣ける側の代表は、メルエムとコムギの最期
いちばん多くのページに挙がるのが、メルエムとコムギの最期。30巻 No.317〜318、軍儀を打ちながら王が息を引き取るまでの2話です(→ コムギ)。
ヤマカムセカンドは、この2話を挙げて「アリ編」が感動的だったと書いている。Yahoo!知恵袋の「キメラアント編は泣けるんですか?」という質問では、回答4件のうち3件がこの場面でした。
先に息を引き取るのは蟻の王で、コムギはそれを看取る役。コムギも同じ毒で後を追うとされます。それでも書き込みが向かうのは、王が最後にコムギのそばを選んだところです。
メルエムとウェルフィンのやりとりも、同じく蟻の王の最後の場面。「オレの王はジャイロ唯一人」と言うウェルフィンに、メルエムは「逢えるといいな、その者と」と返す(→ ジャイロ)。死が近い王が、相手の行き先を受け入れる一言です。
レイナの帰郷は、誰も死なないのに泣けると挙がる例外
王の最期に次いで多く挙がるのに、誰も死なない場面があります。No.315「帰郷」、レイナが母親のもとへ帰る場面です。
レイナは、生前はコルトの妹だった雌の蟻。Wikipedia ではシドレという名の蟻とされています。コルトが生まれ直したカイトに付けた名前もレイナでしたが、母親のもとへ帰ったのは別の蟻です(→ ハンターハンターで名前が変わった人物)。
ロブスターの姿をした蟻のブロヴーダが、レイナを村まで送り届けた。母親だけは、姿の変わった娘を見抜きます。
レイナは帰り際のブロヴーダを食事に誘う。誘われたブロヴーダは、自分でも分からないまま涙を流しました。書き込みも具体的で、「最後のザリガニで泣いた」「レイナがプロウーダにごはんたべよ?って言ってるシーンで号泣」。ザリガニ、プロウーダと呼ばれているのがブロヴーダです。
俺がこの例外を面白いと思うのは、死が無いのに王の最期と同じくらい書き込みが熱いところ。蟻になった娘が、母親に名前を呼ばれて家に戻る。食卓に呼ばれたブロヴーダは、その場で初めて自分の感情に気づく。
涙を誘っているのは死ではなく、蟻が人間のそばに迎え入れられる瞬間のほうだと読めます。
キルアの場面は、人間の側で泣けると挙がる例外
人間の側で挙がる場面は、キルアに集まります。ラモットを相手にキルアが泣くところと、パームとの場面。
知恵袋の別の質問では、質問者が「パームとの時もそうですよね」と書き込んでいた。キルアが泣くとアニメでももらい泣きする、という流れの一言です。Huncyclopedia のコメント欄にも、キルア対パーム、パームの記憶が戻る場面が並ぶ。
ここでも誰も死にません。キルアもパームも生き残る。挙がっているのは、生きている人物が相手の前で感情を見せる場面です。
2つの例外を合わせると、分類の見え方が変わります。泣けると挙がる場面を分けているのは、死ぬか死なないかではない。王がコムギのそばで最後を迎える。ブロヴーダが食卓で涙を流す。キルアがパームの前で泣く。どれも、そばにいる相手の前で感情があふれる場面でした。
人間の死は、泣ける側より怖い側で読まれている
人間の死で泣いた書き込みが無いわけではありません。Huncyclopedia には「一番泣いたの実はネテロ爺ちゃんが死んだとこ」という書き込みがあります。ポックルとポンズの死にアニメで泣いたという声もある。
ただ、そう書いたページは10件中この1件だけ。アメブロのある感想は、カイトの死を「悲しかった」と書いている。それでも「泣けた」を使ったのは、メルエムとコムギの場面だけです。
キメラアント編の人間の死は、体がどう扱われたかで描かれます。ポックルは脳を探られ、ポンズは食料になり、カイトの体は継ぎ合わされた。同じ場面は、トラウマとして何度も挙がっている(→ キメラアント編のトラウマはなぜ怖い?)。
人間の死は、相手のそばで感情を見せる間もなく体を壊される死でした。だから泣ける側より怖い側で読まれているのだと、俺は思います。泣けると挙がるのは、蟻が人間のそばに迎え入れられる場面のほうです。
まとめ|キメラアント編の泣ける場面
- 泣けると挙がるのは、メルエムとコムギの最期(No.317〜318)とレイナの帰郷(No.315)。どちらも蟻の側の場面
- いちばん多いのは王の死だが、2番目以降は誰も死なない場面が並ぶ
- レイナの帰郷では、蟻になった娘を母親が見抜き、食卓に呼ばれたブロヴーダが涙を流す
- 人間の側で挙がるのはキルアが泣く場面で、ここでも誰も死なない
- 人間の死で泣いたと書いたページは10件中1件。体の扱いとして、トラウマの側で挙がることが多い
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- キメラアントの記憶 — コルトに残った妹レイナへの気づかい
- ハンターハンターで名前が変わった人物 — レイナと名づけられたカイトと、名前の行方
- ハンターハンターの最期のセリフ — 運び手がいた言葉だけが先へ進む
