念能力は何歳から使えるのか|始まりを決めているのは年齢ではない

念能力は何歳から使えるのか。ゾルディック家を見れば、答えが年齢で決まっていないと分かる。

五男のカルトは10歳で念能力者。ところが三男のキルアは、ハンター試験を受けた時点で念を知りませんでした。同じ家の同じ血筋で、弟のほうが先に念を覚えている。この差は矛盾として語られがちですが、原作と照らすと別の説明がつきます。

※天空闘技場編・ヨークシン編以降の展開に触れます。

「キルアが念を知らなかったのは矛盾」という受け取り

家族も執事も念を使えるのに、後継者のキルアだけ教わっていないのはおかしい。よく見かけるのはこの読み方です。まとめサイトにも個人ブログにも、これを矛盾として扱う記事が並ぶ。

根拠に挙がるのが、ゾルディック家の教育が幼少期から始まっている点。キルアは6歳で天空闘技場に送り込まれ、8歳で200階に到達しています。電気や毒への耐性を作る訓練も、幼い頃から続けられてきた(→ ゾルディック家の念能力まとめ)。

そこまで仕込んでおいて念だけ教えないのは不自然だ、という筋立てです。

原作の描写を並べる

原作ではっきり確認できるのは、次のことだけ。

人物 念を使えるか 分かる場面
カルト(五男) 使える グリードアイランド編でヒソカに絶を見抜かれる。のちに蛇咬の舞を見せる
執事(ゴトー・ツボネ) 使える 会長選挙編。ゴトーはコインを弾き、ツボネは他人のオーラを動力にする
キルア(三男) ハンター試験の時点では知らない 天空闘技場でウイングから初めて習う
ミルキ(次男)・アルカ 分からない 念を使う場面が描かれていない

カルトが念能力者なのは、本人の描写で明らか。年齢の10歳は公式データブックの記載で、本編で言われた数字ではありません(→ 幻影旅団の団員ナンバー一覧)。

キルアの側も本編ではっきりしている。ゴンと並んで、ウイングから纏の段階を教わっています(→ ウイングが最初に教えたのは纏)。

見落としやすいのが表の最終行。「家族全員が念を使える」は、実は原作で確認できません。ミルキが念を使う場面はなく、アルカの力が念かどうかも描かれていない。矛盾だと指摘する側も、そこまで確かめたうえで言っているわけではない。

通説と原作は、どこで食い違うか

突き合わせると、食い違いは1か所に集まる。幼少期から仕込まれていたのは念ではなく、体づくりのほうでした。

分かりやすいのが試しの門です。門は1の扉が片側2トンで、以降は倍々に重くなる。キルアは念を知らない幼少期に3の扉まで開けています。あの門は腕力で開くものであって、念の証明にはならない。

天空闘技場も同じです。念を知らないキルアが8歳で200階へ上がっている。ここまでの教育は、体術と耐性づくりで説明がつきます。

つまり「そこまで仕込んだなら念も教えたはず」という言い分は、仕込んだ中身を取り違えている。ゾルディック家が幼少期に積ませたのは、念を扱う前の土台のほうです。

一方で、家に念を使える者がいるのは確かだ。カルトも執事も使える。教える力はあるのに、キルアには教えていなかった。この一点だけは通説の言うとおりです。

矛盾ではなく、教える側の判断だった

では、なぜキルアだけ知らないままだったのか。理由は作中ではっきり語られていない。それでも描写から一貫した読み方はできます。

念を覚えるには、精孔(しょうこう)を開く必要がある。開き方は2通りで、修行でゆっくり開くか、念能力者にオーラを送って強引にこじ開けるか。ウイングは後者を外法と呼んで警告しています。

どちらの道も、教える側が動かなければ始まらない。まれに独学や無自覚で精孔が開く例もある。ネオン=ノストラードは修行をしていません。自分の力が念だという自覚すらないまま、能力を使っていました。ただし、そういう例は原作でも珍しい部類として扱われている。

念を知る者に囲まれた家で、キルアは12歳前後まで教わらないまま来た。始まりを止めていたのは、家の側の判断だと読めます。

ウイングの側にも同じことが起きている。ウイングは当初、ゴンとキルアに念を教えるのに消極的でした。偽りの「燃」を教えてごまかし、2人が200階クラスへ上がったのを見て方針を変えている。教えると決めた瞬間に、2人の念は始まりました。

ズシも同じです。正当法で数か月かけて精孔を開き、練を使いかけたところを師範代のウイングに止められている。進み方まで、教える側が段階で決めている。

「何歳から使えるのか」への答え

ここまでを合わせると、答えははっきりする。

年齢で決まってはいません。年齢が分かっている範囲で最も若い念能力者はカルトの10歳。ゴンとキルアは11〜12歳です(→ ハンターハンターは作中で何年経ったのか)。ただしこれは「その年齢で使えていた記録」であって、体が使えるようになる境目ではない。

もし年齢が条件なら、同じ家の三男と五男でこれほど差は開かない。少なくともゾルディック家とゴン・キルアの場合、始まりを決めていたのは教える側が動いたかどうか。

念に向いた系統が生まれつき決まっているのとは対照的です(→ 念能力の六系統とは?)。何が得意かは生まれつきでも、いつ始まるかは生まれつきではない。年齢で区切らなかったから、12歳のゴンが物語の途中から始めても遅れにならない。俺は、ここが念という設定のうまいところだと考えています。

早く始めた側が伸びたわけでもない

早く始めることに、意味はあるのか。

ズシは2人より前から心源流で修行していた弟子です。ウイングはズシを10万人に1人の才能と評した。それでもゴンとキルアに追い抜かれる。2人への評価は1000万人に1人でした。

差を付けているのは、始めた年齢ではなく伸び方のほう(→ ゴンとキルアの念能力はなぜ噛み合う?)。あとから始めた側が先行者を短期間で抜く。この展開があるから、読者はゴンの成長を追えます。

まとめ|念能力は何歳から使えるのか

  • 「家族も執事も使えるのにキルアだけ知らないのは矛盾」という受け取りは、原作と照らすと崩れる
  • 幼少期に仕込まれていたのは体づくり。試しの門も天空闘技場の200階も、念なしで届く範囲だった
  • 「家族全員が念を使える」も原作では確認できない。ミルキやアルカの念は描かれていない
  • 念の始まりは精孔を開くところから。教わって覚える道は、教える側が動かなければ始まらない
  • 年齢が分かる最年少はカルトの10歳。ただし体が使えるようになる境目ではない

念の始まりを決めていたのは年齢ではなく、教えると決めた人がいたかどうかでした。

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