ゴンの「サイコパスな行動」として挙がる場面を原作で仕分けると、多くは他人ではなく自分の体を賭けた場面でした。
通説のページが並べた12場面のうち、自分の体や命を賭けたのが7つ。他人を危険にさらしたのは3つです。良心が欠けている、という説明と向きが合う場面は少ない。ただ、その3つには命にかかわるものも含まれています。3つの重さを確かめると、ゴンの危うさの中身が変わって見えてくる。
※キメラアント編の結末に触れます。扱うのは単行本既刊分(〜39巻)まで。
ゴンがサイコパスと言われる理由
ゴンをサイコパスと呼ぶ見方は、ファンのあいだで広く出回っています。ブログ「ドラムと道草」は、ゴンの「ヤバい行動」として12の場面を挙げている。
そのページには、ゴンの性格を見抜いていた人物としてゼパイルも出てきます。中身はただ単純な好奇心で、すごいと思ったものには善悪の区別なく賞賛し心を開く、という見立てです。キメラアント編の「次ゴタゴタ言ったらそいつを殺す」には、少年漫画の主人公とは思えない言動だと添えている。
別のページは、サイコパスの特徴を「良心の欠如」と説明したうえで、ゴンを取り上げている。殺人狂のヒソカに一片の恐怖も感じないゴンには危うさを感じた、という書き方です。
通説の中心にあるのは、ふつうの人がためらう場面でゴンがためらわない、という危うさ。それを「良心が欠けている」と読むかどうかが分かれ目です。
通説が挙げたゴンの12場面を、賭けたもので分ける
12の場面は、どれも原作にそのまま描かれています。分けるときに見るのは、その場面でゴンが何を危険にさらしたかです。
| ゴンが賭けたもの | 件数 | 場面 |
|---|---|---|
| 自分の体・命 | 7 | カッツォを助けて船外へ身を投げ出す/蛇の大群に突っ込む/ハンゾーに降参しない/カナリアに引かない/ギド戦/ゲンスルー戦の片腕/ゴンさん化 |
| 他人の体・命 | 3 | ドッジボールでキルアの手/モラウへの一撃/コムギを盾にした発言 |
| どちらでもない | 2 | ミトとの約束/キルアへの「関係ないから」 |
自分側が7、他人側が3。
どちらでもない2件は、体を危険にさらす場面ではありません。ミトとの約束は、ハンター試験へ行く許しをもらうための話。キルアへの「関係ないから」は、キルアの気持ちを突き放した言葉です。この一言を他人側に入れても4で、12の半数には届かない。
自分の体を賭けた7つの場面
1巻では、嵐で船の外へ放り出された船員カッツォの足を、自分も船から身を投げ出してつかんでいる。通説のページは、ハンター試験で蛇の大群に突っ込んだ場面も挙げています。
4巻の最終試験では、ハンゾーに腕を折られても降参しない。5巻では、ゾルディック家の執事見習いカナリアに殴られ続けても引きませんでした。
6巻の天空闘技場では、師匠ウイングの言いつけを破ってギドと戦っている。18巻のゲンスルー戦では、両腕を捨てる覚悟で、実際に片腕を失いました(→ ゲンスルーの念能力は手の内を全部明かす)。29巻のゴンさん化で差し出したのも、自分の先の人生です(→ ゴンの念能力は本当に消えた?)。
どれも危ない。ただ、危ない目に遭うのはゴン自身です。
ゴンが他人を危険にさらした3つの場面
他人側の3件は、17巻・21巻・28巻にまたがっています。重さもそろっていない。
1つ目は17巻のドッジボール。キルアの手がひどい状態になっていると気づきながら、ゴンは勝負を続けています。命にかかわる話ではない。友人の手を、勝つことより後ろに置いた場面です。
2つ目は21巻、モラウとの試しの場面。モラウのほうから打ってみろと求めた一撃でした。ゴンはキルアに止められて踏みとどまり、あとで本当に殺しちゃうとこだった、と謝っている。
3つ目が28巻。ピトーの前で、ゴンは「次ゴタゴタ言ったらそいつを殺す」と言います。そいつとは、ピトーが治療していたコムギのこと。カイトを元に戻してくれたら解放する、という取引の材料に、他人の命を使った場面です。
命に届くのは2つ目と3つ目。2つ目はキルアが止めている。ゴン1人のまま他人の命を賭けに出したのは、28巻の1件。俺は、この1件の重さを軽く見るつもりはありません。ただ、12場面の中で1件です。
「善悪を問わない」「恐怖が無い」は、賭け金の上限が無いことで説明できる
ゼパイルの見立ても、ヒソカを恐れない危うさも、原作と食い違ってはいません。ただ、この2つは「良心が無い」より、別の説明のほうがよく合います。
ゴンは、目の前の1つのことに持っているものを全部差し出してしまう。差し出すものの重さに上限が無い、と言い換えてもいい。すごいと思った相手なら善悪を問わず近づき、強い相手なら、怖さを感じても引かずに向かっていく。どちらも、自分の身の安全を差し出すものの中に数えていない形です(→ ゴンの念能力ジャジャン拳が単純すぎる理由)。
ふだん差し出されるのは、ゴン自身の体だった。28巻は、カイトのためにそれでは足りなくなった場面です。上限の無さが、命にかかわる形で他人へはっきり向いた場面だと読めます。
この1件だけを取り出して「サイコパス」と呼ぶと、自分の体を賭けた7場面が説明できない。ゴンの危うさの中身は、他人の痛みへの無関心より、自分をどこまでも差し出してしまうことのほうにあります。
まとめ|ゴンはサイコパスかを原作で確かめると
- 通説のページが挙げた12場面のうち、自分の体・命を賭けた場面が7つ、他人を危険にさらした場面は3つ
- 他人側の3つは重さがそろわない。命に届くのは2つで、モラウの件はキルアが止めている
- ゴン1人のまま他人の命を賭けに出したのは、28巻のコムギの場面だけ
- 「善悪を問わない」「恐怖が無い」は、差し出すものに上限が無いことで説明がつく
ゴンが差し出したものの重さは、クラピカと比べると違いがはっきりします(→ ゴンとクラピカの制約は払い方が逆)。腕を折られても降参しなかった最終試験の相手については、ハンゾーの念能力は本体を置いて出かけるも読んでみてください。
