陰獣の念能力は殺すためではない|十老頭が求めた役目で仕分ける

ウボォーギンを噛んだ病犬の毒は、命を奪う毒ではなく麻痺毒でした。それを見たシャルナークは、拷問好きなんだろう、と言っている。致死性の猛毒なら勝負はついていた、とも。

倒した側が、相手の技を殺しに来ていないと読んだ。そして名前と能力が分かる陰獣5人を仕分けると、その読みが1人ぶんでは終わりません。

十老頭が出した命令は旅団の討伐。ところが揃っていた技は、どれも相手を捕らえる向きだった。

※ヨークシン編の展開に触れます。

陰獣(いんじゅう)は十老頭の実行部隊

陰獣は、裏社会を仕切る十老頭が抱えていた武闘派の集団。各組から最強とされる1人ずつを集めた10人組です。

作中で名前と能力が出てくるのは5人だけ。蚯蚓(みみず)、病犬(やまいぬ)、豪猪(やまあらし)、蛭(ひる)、梟(ふくろう)。コードネームは、湿った場所にいそうな生き物から取られている。

競売の会場を守り、商品を運ぶ役も担っていた。

陰獣5人の念能力を、相手をどうする技かで仕分ける

技の中身ではなく、相手に何をする技かで分けます。原作にこの分類が出てくるわけではない。当サイトの整理だ。

メンバー 能力 相手をどうするか
病犬 牙と爪の神経毒で相手を麻痺させる 動きを止める
体内の蛭を操り、傷口から流し込む 生かしたまま苦しめる
具現化した布に包み、縮めて封じる 包んで持ち運ぶ
蚯蚓 地中を移動して奇襲する 位置を取る
豪猪 体毛の長さと硬さを操る 攻防どちらにも使う

病犬の毒は、噛まれた相手の首から下が動かなくなるもの。意識と痛覚は残ります。蛭が入れるのは体内を進んで卵を産む種類で、孵った卵が出るときに激痛が走る。どちらも、相手が生きていないと成立しません。

病犬が動きを止め、蛭が生かしたまま苦しめ、梟が包んで持ち運ぶ。蚯蚓も、それ自体は移動と接近の技だ。

5人ぶんを集めても、殺す方向に使われた技が出てきません。

念能力は、条件を重くするほど強くなる仕組みで作られています(→ 制約と誓約は“念の交換レート”)。その中で陰獣の技は、揃って生かしたまま押さえる側へ伸びていた。

豪猪の体毛だけ、行き先が1つに決まらない

この仕分けに素直に収まらない人が3人います。

まず豪猪。体毛を伸ばし、硬さを変える技で、系統は原作で明かされていません。

ウボォーギン戦では、硬くした毛で右ストレートを受け止め、そのまま腕を絡め取っている。刺すためにも、止めるためにも使える技だ。

5人で1人だけ、行き先が1つに決まらない。残る4人は相手をどうするかがはっきりしているのに、豪猪の毛は攻めと守りを行き来します。

言い換えると、この仕分けが見ているのは能力の性質ではない。同じ毛が、使い方しだいで違う分類に入るからだ。

梟の大風呂敷は、人も競売品も同じ扱いで収める

2人目が梟。具現化系で、不思議で便利な大風呂敷(ファンファンクロス)という能力です。

包んだものを手のひらの大きさまで縮め、いつでも元に戻せる。競売品の運搬にそのまま使える技だ。同じ具現化系でも、物を出すのではなく仕舞う方向にある(→ 具現化系の念能力は使う前に決まる)。

9巻 No.77 では旅団の車ごと包み、後部座席にいたノブナガだけを閉じ込めています。殺したわけではなく、ノブナガはこの後も無傷で動いている。

ここで引っかかるのは、包む対象が競売品でもノブナガでも変わらない点だ。この技には、相手と荷物という区別がありません。

仕分けの軸は「相手をどうするか」だ。ところが梟の布は、その相手を荷物と同じ扱いで収めてしまう。相手をどうしたいのかが、技の側から決まりません。

病犬の毒が麻痺毒である理由は、本人の趣味で片づけられる

3人目が病犬。ここは能力ではなく、理由の側が仕分けに収まりません。

麻痺毒である理由は、作中では病犬個人の拷問好きとして片づけられています。編成の話ではなく、1人の性格の話として説明されている。

ただ、趣味だけで説明がつくのは1人ぶんだ。蛭も梟も同じ向きに揃っている。だとすれば、集団の側にも理由があると見るほうが自然だと思う。

原作の説明と、5人を並べたときに見える形が食い違っている。この食い違いこそ、仕分けて初めて出てくるものでした。

相手を倒す軸で測ると、5人は収まりが悪い

3人を通して見えてくるのは、この仕分けの限界です。

豪猪の毛は行き先が決まらず、梟の布は相手と荷物を区別しない。どちらも、相手をどうするかという軸がうまく当たらない例だ。

5人の技は、相手を倒すことを前提に作られていません。だから倒す側の軸で測ると、収まりが悪くなる。殺せない集団なのではなく、殺す使い方を選ばなかった集団です。

そう置き直すと、病犬の趣味という説明も収まる。1人ずつは自分の好みで技を伸ばし、それが集団として同じ向きに揃った。

競売品を守り、盗んだ相手を生かして連れ帰り、誰が動かしているかを吐かせる。日ごろの仕事が、全員の使い方をそちらへ寄せていたことになります。

命令は討伐、使い方は捕縛だった

俺が面白いと感じるのは、命令と使い方がずれたまま出撃している点です。

十老頭が出した命令は、旅団の討伐。ところが5人の技は、どれも相手を生かす向きに使われていました。

毒そのものは通っています。ウボォーギンに当たった陰獣は4人。その4人は返り討ちにされた。

それでも病犬の毒は後から効き、ウボォーギンの首から下が動かなくなります。動けなくなったところを捕らえたのはクラピカ。使ったのは束縛する中指の鎖(チェーンジェイル)だ(9巻 No.77/→ ウボォーギンの念能力)。

戦いに負けたあとでも、捕らえる技だけは効いた。足りなかったのは勝ち切る手のほうだ。相手は、必要なら殺すことをためらわない集団(→ フェイタンの念能力)。捕らえる側と殺す側が当たれば、捕らえる側から先に倒れます。

梟の結末も同じだ。役目を果たした本人が唯一生き残り、拷問を受ける側に回った。捕らえる使い方しか持たない集団は、負けたときに死なせてもらえません。

なお、名前と能力が出るのは10人中5人。残る5人は姿が描かれるだけで、名前も能力も、倒される場面すら描かれません。冨樫の意図は語られていない。ただ、名前を与えられなかった5人は、まとめて敗れる役として置かれたように読める。

戦わない使い方をする念能力は、相手の体ではなく戦える条件のほうを奪います(→ 戦わない念能力は何を奪っているのか)。陰獣の技はその向きで揃っていた。条件を奪いきる前に、体のほうを壊されただけだ。

まとめ|陰獣は殺す使い方を選ばなかった

  • 名前と能力が分かるのは5人。病犬が動きを止め、蛭が生かしたまま苦しめ、梟が包んで運び、蚯蚓が位置を取り、豪猪は攻防どちらにも使う
  • 5人ぶんを集めても、殺す方向に使われた技が出てこない。麻痺毒も寄生も封印も、相手が生きていないと意味がない
  • 豪猪の毛は行き先が1つに決まらず、梟の布は相手と荷物を区別しない。相手をどうするかという軸そのものが、この5人にはうまく当たらない
  • 弱かったのか、という問いへの答えは「技は通っていた」。返り討ちにされた4人のうち、病犬の毒だけは後から効き、ウボォーギンは動けなくなった。足りなかったのは勝ち切る手だけだ
  • 十老頭の命令は討伐だったのに、日ごろの仕事が全員の使い方を捕縛へ寄せていた。命令と使い方がずれたまま、殺すことをためらわない相手に当たった

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