ハンターハンターの死亡キャラは3種類|語られただけの死は覆る

ハンターハンターの死亡キャラ一覧を何本か読み比べると、載っている顔ぶれがそろいません。同じキャラが、あるサイトでは死亡、別のサイトでは生死不明に入っている。

原作の死は、読者への届き方が3種類あります。死ぬ場面が描かれた死、誰かがそう語っただけの死、能力の変化から推定されただけの死。一覧が割れるのは、この3つが同じ欄に並ぶからだ。

そのうえで、覆るかどうかを決めているのは確定度ではありません。照らし合わせるのは、ネオン=ノストラード・クルタ族・ヒソカの3件。一覧が割れる理由と、死が覆る条件を分けて考えます。

※ヨークシン編・キメラアント編・暗黒大陸編の展開に触れます(単行本既刊分)。

死亡キャラ一覧が食い違うのは、死の届き方が3種類あるから

まず、原作で人が死ぬときの描かれ方を整理します。原作にそう書いてあるわけではなく、俺が確定度で分けたもの。

種類 読者が受け取ったもの
描かれた死 倒れる瞬間、または遺体そのもの ウボォーギン、ネテロ、メルエム
語られた死 事件後の報道と、あとから語られた言葉 クルタ族の人々
推定された死 能力が本から消えたという一点だけ ネオン=ノストラード

いちばん上は動かしようがない。ウボォーギンはクラピカに敗れて埋葬された。ネテロは自分で仕掛けた装置で果て、メルエムは毒を受けたまま息を引き取っています。読者はその場に立ち会っている。

問題は下の2つだ。ここに入る死は、読者が見たのではなく、聞かされたか、そう受け取っただけ。一覧に並ぶと同じ「死亡」の2文字になるものの、原作が保証している度合いはまるで違います。

ネオンが死んだという通説は、どこまで原作に書いてあるか

まとめ記事や考察ブログでは、ネオン=ノストラードはすでに死亡しているという見方が有力とされています。根拠に挙がるのはクロロの本だ。

ヒソカを探す場面で、シズクが「天使の自動筆記(ラブリーゴーストライター)」を使うことを提案する。ところがクロロは、その能力が本からいつの間にか消えていたと答えます。

通説の根拠はこうです。盗んだ能力は、元の持ち主が死ぬと本から消えるとされる。だからネオンは死んでいる——という筋道。

原作を読み返すと、クロロは確かに能力が消えたと言っている。ただし、ネオンが死んだと語った人物は一人もいません。遺体も、報告も、悼む場面もない。読者が受け取ったのは「ページが消えた」という一点だけだ。

ここから死を導くには、能力が消える理由が死しかない、という前提が要る。その前提は原作で確かめられていません。念を失っても生きている例なら、ゴンがそうです(→ ゴンの念能力は本当に消えた?)。

ファンの間には、除念によって能力が本人へ戻ったとする生存説も残っています。能力が本から消えた理由としては、この説でも筋が通る。どちらの読み方も原作と食い違わず、決め手だけがない状態だ。

とはいえ、通説が的外れなわけでもありません。能力の消失と死を結ぶ読み方には根拠があり、死亡説のほうが有力だとまとめる解説も複数ある。原作から言えるのは、ネオンの死がまだ推定の段階にあること。彼女の能力そのものの検証は天使の自動筆記の的中率で書きました。

クルタ族が滅んだのは原作どおり|揺れているのは誰がやったか

2件目はクラピカの一族。クルタ族は幻影旅団に襲われて滅んだ、と受け取られています。

襲撃の場に、クラピカはいませんでした。すべては集落を離れているあいだに終わり、残されたのは結果だけ。クルタ族の人々は殺され、緋の眼は抜き取られたあとだった。

村を出ていたのは、親友パイロの治療法を探すためだ。パイロもこのとき命を落としたとされています。

読者に襲撃を伝えたのは、事件後の報道と、あとから語られた言葉でした。誰がどう殺したかの場面は描かれていない。

原作と一致するのは、一族が滅んだという結果まで。誰がやったかは、原作が描いていない部分です。だから犯人を疑う説がファンの間で根強く、旅団は冤罪ではないかとする考察記事も出ている。緋の眼を欲しがる人間はほかにもいて、市場に流れる仕組みまである(→ 緋の眼はなぜ市場を渡り歩くのか)。

語られた死の弱点はここにあります。死んだこと自体は動きにくく、動くのはその死の説明のしかただ。

ヒソカの復活はご都合主義?死後の念という仕組みが先にある

3件目は、確定した死が覆った例。

クロロとの戦いで、ヒソカは死にました。爆弾人形に囲まれて酸素を奪われ、心肺が止まっている。遺体として運び出された、確定した死だ。

そのヒソカが戻ってきたため、知恵袋やまとめ記事では、ご都合主義だという受け止め方が出ています。都合よく生き返らせただけではないか、という見方だ。

ただ、この復活には先に説明された仕組みがある。念は、術者が死んだあとにかえって強まる。ヒソカはそれを見越して体を丸め、心臓と肺への損傷を減らした。そのうえで「伸縮自在の愛(バンジーガム)」に、自分の心臓と肺を動かさせています。

支払っているものがある点が、ご都合主義との違いです。死ぬこと自体が発動条件になっていて、失敗すればそのまま終わる。この性質は死後の念として作中で説明済みでした(→ 死後の念はなぜ消えない?)。

とはいえ、通説の言い分にも当たっている部分がある。批判の中身は、コルトピとシャルナークが死亡を確認して去ったあとに蘇生している点だ。しかも戻ったヒソカは、その足でこの2人を討っている。仕組みの説明があることと、展開として自然かどうかは別の話です。

整理するとこうなる。ヒソカの死は本物で、復活も設定の内側にある。ただし同じ手が誰にでも使えるわけではありません。

死が覆るかどうかを決めているのは念

3件を見比べると、分かれ目が出てきます。

ネオンとヒソカには念が関わっている。ネオンの生死が定まらないのは、根拠が念能力の消失だからだ。ヒソカが戻れたのは、死後の念という性質があったからです。

クルタ族に念は関わっていない。だから滅んだという結果は動かず、動いているのは犯人の話だけになっている。

死んだあとにキメラアントの少女として生まれ直したカイトも、ここに当てはまります。ただしカイトの場合、どう生まれ直したのかは原作で明かされていません。手がかりは、ジンが残した「ゼッテー死んでたまるかって本気で思わねーと出ねー番号がある」という言葉だけだ(→ カイトの転生は同じ人物なのか)。

一方、覆っていない死はどうか。ウボォーギンは埋葬され、ネテロは装置で自ら果て、メルエムは毒に倒れた。念で戻る余地は描かれていない。

3種類の分け方は一覧が食い違う理由を説明するもので、覆るかどうかを決めているのは念だ。俺はそう見ています。

仕組みまで説明されているのはヒソカの一件だけで、残りは示唆にとどまる。それでも、覆った側にだけ念という抜け道が置かれているのは読み取れます。

冨樫は、死そのものを取り消してはいない。ヒソカは死んだうえで戻った。カイトが戻ったのは別の体だ。念が関わる死だけが、死んだままでは終わらない形になっている。

クラピカのように、まだ死んですらいないのに死亡説が立つ例もある(→ クラピカ死亡説の根拠)。生死の話は、原作がどこまで描いたかを確かめるところから始まります。

まとめ|死亡キャラは確定度で3種類に分かれる

  • 死亡キャラ一覧が食い違うのは、描かれた死・語られた死・推定された死を同じ欄に入れているため
  • ネオンの死は、クロロの本から能力が消えたという一点からの推定。死んだと語った人物は原作にいない
  • クルタ族が滅んだことは原作と一致する。描かれていないのは襲撃の場面で、揺れているのは犯人の話
  • ヒソカの死は確定したうえで覆った。死後の念という性質が先に説明されており、死ぬこと自体が条件になっている
  • 覆るかどうかを決めているのは確定度ではなく、念が関わっているかどうか

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